大判例

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神戸地方裁判所 昭和45年(わ)988号 判決 1973年3月30日

被告人 木村裕己

昭二四・四・八生 大学生

主文

被告人を罰金二〇、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四五年九月三〇日、神戸市生田区内で行なわれた入管体制粉砕実行委員会主催の「入管体制粉砕、入管法国会再上程阻止」を目的とする集会に伴なう集団示威行進に学生ら約二、〇〇〇名とともに参加したものであるが、右集団示威行進については、所轄生田警察署長がその道路使用の許可条件の一つとして「だ行進、うずまき行進、ことさらに道路に広がつたままの行進、停滞、またはみだりにかけ足行進をし、あるいはみだりにおそ足行進をするなど交通の妨害となる行為をしないこと。」という条件を付したにもかかわらず、右集団示威行進を行なうにあたり、前記学生ら約二、〇〇〇名のうち約二五〇名からなる第二梯団に属し、右梯団員と共謀のうえ、

第一、同日午後八時ごろ、約二分間にわたり、同区加納町六丁目一番地金沢病院北東角付近から西進し、同区三宮町一丁目四四番地生田警察署北東角手前付近に至るまでの道路上において、前記許可条件に違反して、距離一一八メートル足らずの間に、最大で道路幅約一八メートルのうち幅七メートルに及ぶだ行進を四回行ない、

第二、同日午後八時八分ごろから約二分間にわたり、同区三宮町三丁目一八番地の一藤服飾工芸北側から同区元町通一丁目一三番地協和銀行神戸支店北東角に至るまでの道路上において、前記許可条件に違反して、距離約二九メートルの間に、最大で道路幅約二〇メートルの約二分の一にあたる幅一〇メートルに及ぶだ行進を三回行ない、

もつて、所轄生田警察署長が付した前記道路使用許可条件に違反する行為をなしたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示各所為は包括して刑法六〇条、道路交通法一一九条一項一三号、七七条三項、一項四号、兵庫県道路交通法施行細則(昭和三五年一二月一九日公安委員会規則第一一号)一一条三号、罰金等臨時措置法二条一項(昭和四七年法六一号による改正前)、刑法六条、一〇条に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金二〇、〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

(本件公訴事実中神戸市条例違反の点につき無罪とした理由)

検察官は、判示道路交通法違反の事実に加えて、本件集団示威行進について兵庫県公安委員会からその許可条件の一つとして前記生田警察署長の付しただ行進の禁止を含む条件とほぼ同一内容の条件(正確には右条件に加えて、すわり込みをしないという条件が付加されている)が付されていたにもかかわらず、被告人は梯団員二五〇名と共に、ほぼ判示各事実と同様の各だ行進を行なつた際、終始その先頭部、列外中央部に位置し、笛を吹きながら先頭列員に対面し、両手で列員の腰部、腕等を掴みそれを左右に引張る等して列員を誘導して、右各だ行進を行わしめ、もつて、兵庫県公安委員会の付した前記条件に違反する右集団示威行進を指導したものとして被告人を昭和二五年神戸市条例第二一七号「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下単に本条例と略称する)」五条、三条一項但書違反の罪で公訴を提起しているので検討するに、前掲各証拠によれば、兵庫県公安委員会から、その許可条件の一つとしてだ行進その他交通の妨害となる行為をしないことという右条件が付されていたにもかかわらず、被告人は判示日時、場所において梯団員約二五〇名と共に判示各事実のだ行進を行なつた際、右検察官主張のとおりの態様で右梯団員二五〇名を指導して右各だ行進を行なわしめたことが認められる。しかし当裁判所は被告人の右条例違反の点については、罪とならないものと判断するが、その理由は、以下のとおりである。

先ず弁護人は、政治的意見を表明してなされる集団示威行進を交通秩序維持の見地から、事前許可制とし、且つ交通秩序維持のために許可条件を付し得るものとしている本条例三条は表現の自由を保障する日本国憲法(以下単に憲法と称する)二一条に違反するものとして無効であると主張するが、本条例とほぼ同内容の昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例および昭和二九年京都市条例第一〇号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例などについて、既に最高裁判所大法廷によつて、その本質的部分である許可制について、それらが憲法二一条に違反するものでない旨の判断が示されており(前者につき昭和三五年七月二〇日判決、刑集一四巻九号一、二四三頁、後者につき、昭和四四年一二月二四日大法廷判決、刑集二三巻一二号一、六二五頁)、当裁判所も同様の見解を採るので弁護人の右主張は採用しない。

次に、本条例は、公共の安寧秩序を維持するために(その理由は後述する)、道路その他公共の場所における集会もしくは集団行進および場所のいかんを問わない集団示威運動(以下本件に直接関係ある集団示威行進に限定して論ずることとする)を規制の対象としているが、なるほど弁護人主張のとおり憲法二一条が保障する表現の自由は、憲法の予定する国家体制が自由なる言論に支えられる民主的秩序であり、この言論の自由なくしては民主的日本はあり得ず、従つて国民の人権の保障もあり得ないという意味において、憲法の保障する諸権利の中でも最も重要な権利として国民に保障されていると同時に集団行動は表現の自由の一形態として政治的意見を為政者に知らしめ、政治に反映させる手段として、かかる手段をほとんど奪われている民衆にとつて極めて有効な手段であり、単なる自由権としての意義のみならず、参政権的意義を有することを考えると、その規制は本条例の前記目的に照して必要且つ最小限度のものでなければならないこと明らかであるが、反面、本件集団示威行進の許可に当たり、兵庫県公安委員会から本条例三条一項但書に基づいて付されている「だ行進その他交通の妨害となる行為をしないこと」なる旨の許可条件中の「だ行進」は、いずれも通常の通行方法や道路使用方法と異なり、交通秩序を乱すおそれが極めて強く、更に交通秩序が乱れることによつて公共の安寧秩序を侵害する危険性が大となり易いことに加えて、前記最高裁判所判例が指摘するごとく、集団自体が、現在する多数人の集合体自体の力、つまり潜在する一種の物理力によつて支持されており、平穏静粛な集団であつても、突発的な内外からの刺激、せん動などによつて、時に興奮、激昂の渦中に巻き込まれ、甚しい場合には一瞬にして集団行動の指揮者はもちろん警察力を以てしても収拾し得ないような混乱におち入り、無秩序ないし暴行などに発展する危険性のある物理力を内包するものであることを考慮に入れると、公安委員会が、公共の安寧秩序を保持するために、交通秩序維持に関して付した前記許可条件中の「だ行進」禁止の条件は原則として、集団によるすべてのだ行進を禁止することを意味するものと解すべきである。集団示威行進の行なうだ行進の有する危険性に徴すれば、弁護人主張のごとく、右許可条件に違反する「だ行進」とは、公共の安寧秩序を害し、一般公衆の生命、身体、財産に対し、直接かつ明白な危険を及ぼすことを要する所謂具体的危険犯と解すべきであるとの見解は採用することができないところである。

ところで、本件集団示威行進については、前記のごとく、所轄生田警察署長および兵庫県公安委員会から、それぞれ道路交通法および本条例に基づき、いずれも同じく、「だ行進」を禁止する旨の許可条件が付されていることは明らかであり、また前記のとおり、本条例五条の許可条件違反の罪も、道路交通法一一九条一項一三号の許可条件違反の罪も、いずれも抽象的危険犯と解すべきである(道路交通法の点についてはその理由は後述する)が、一律に抽象的危険犯といつても、そこには何に対する危険かという保護法益が予定されており、その保護法益の性質の差異に従つて、その危険性の内容、ひいてはその処罰の対象も異なつてくると解すべきであるので、道路交通法と条例との間にも、その保護法益の差異に従い、その構成要件が予定するその許可条件の違反の程度にも差異が生ずることも当然あり得るところである。そこで道路交通法と本条例の相違点を比較検討するに、道路交通法による集団示威行進の規制の目的は、「交通の安全と円滑を図る」ことにあり(同法一条、七七条一項四号、三項参照)、同法一一九条一項一三号規定の前記所轄警察署長の許可条件違反の罪の法定刑は三月以下の懲役又は三万円以下の罰金であるのに対し、本条例による集団示威行進の目的は道路交通法と同じく、交通秩序維持に関して条件を付し得るとされている(本条例一項但書三号)が、本条例は道路交通法と異なり、交通秩序維持それ自体に目的があるのではなく、交通秩序維持を媒介として「公共の安寧秩序の維持ないし保持」を目的としているというべきである(地方自治法二条三項一号、本条例一条但書、三条一項本文、三項参照)と同時に、道路交通法の前記目的が相当明確且つ単純であるのに対して、本条例の前記目的は必ずしも明確で一義的であるとは解し難いと解せられること、本条例五条規定の前記公安委員会の許可条件違反の罪の法定刑は、その処罰の対象を右違反の主催者、指導者又は煽動者に限定はしているものの、一年以下の懲役若しくは禁錮又は五万円以下の罰金とされ、道路交通法所定の前記罪に比して重い法定刑を以て臨んでいることにあるということができる。右の相違点を勘案すると、本条例は道路交通法よりも、許可条件の違反の程度につき高度のものをその構成要件として予定しているというべきで、ある許可条件違反の行為が道路交通法に該当するからといつて、直ちに本条例にも該当するということにはならず、そこには抽象的危険犯と具体的危険犯というようないわば質的な差異とまでは行かないこと前記のとおりであるが、やはりその違反の程度につき一定の差異、いわば量的な差異があるというべきである。つまり、両法益の差異に従つて、道路交通法の許可条件違反罪と条例のそれとでは構成要件として、その予定するところの所謂可罰的違法性の程度につき差異があり、後者は前者よりも強い可罰的違法性を要求しているものと解するのが相当である。

そこで、本条例違反の点につき、本件集団示威行進の許可条件の違反の程度が、公共の安寧秩序という保護法益に対するにふさわしい危険性を有しているか否か、即ち本条例違反としての可罰的違法性を備えているか否かにつき検討するに、判示事実および前掲各証拠によると、本件集団示威行進に参加した梯団員の数は約二五〇名とこの種集団示威行進としては規模は決して小さくないけれども、他方判示第一の事実についてみるに、本件の許可条件違反のだ行進の距離こそ約一一八メートルと長いものの、その振幅の最大のものは最初のだ行進によるもので道路幅約一八メートルのうち約七メートルで、その回数も四回で、次第にその振幅は小さくなつて正常行進に戻り、結局警察官の指示でだ行進を任意にやめたこと、その時間はわずか二分間程度のものであつたこと、被告人の指導した梯団員は全員ヘルメツトを着用していたが、統制のとれた四列縦隊で、だ行進をした以外は平穏な集団示威行進と異なつた様相を呈しておらず、プラカード、角棒など暴力と結びつき易い物件は所持していなかつたこと、その間の交通阻害状況も、東行車輛は、ほぼ正常に通行できており、西行車輛は本件だ行進のためほとんど通行不可能であつたが、停滞車はさして現認されておらず(証人川田虎義の供述によると、金沢病院の北東角の交差点に南進右折する車輛がだ行進のため、四〇台ないし五〇台停車していた旨の供述があるが、右供述は、本件の一連の集団行進約二、〇〇〇名中の中間部ぐらいに属する梯団が金沢病院付近を通過するときの状況であつて、被告人の指導した第二梯団による影響であると考えることはできないことを付加しておく)、本件だ行進が交通秩序に及ぼした影響は少ないこと、右のとおり西行車輛は本件だ行進のため通行がほとんど不可能であつたにもかかわらず、右のとおり停滞車輛はほとんど現認されていないことからすると、当時の交通量は昼間(司法警察員作成の実況見分調書によると日時は異なるが、本件現場における午後零時二〇分から一〇分間の西行車輛の交通量は約一二〇台であることを参照)に比較して極めて少ないものであつたこと、通行車輛や通行人との間の混乱ないし抗争が起こるような険悪な雰囲気は窺われないことなどがそれぞれ認められる。次に、判示第二の事実について見るに、そのだ行進は、本件交差点東側から西側に至るまでのわずか約二九メートルの間においてなされたものであつて、その時間は約二分間に過ぎず、その回数も三回で、その振幅の最大のもので道路幅の約二分の一にあたる一〇メートル程度のもので、しかも被告人は青信号で警察官の指示に基づいて本件交差点に進入したもので、交通の阻害状況は約四分間で本件交差点の北側に南進車が四、五台、同南側に北進車が二〇台程度停止していたことが現認されているが、被告人は青信号で警察官の指示に従い交差点に進入しており、当時の信号からすると南進直進車、北進直進車は赤信号で発進できなかつたこと、西進車は二、三台通過して停滞車は現認されていないこと、被告人の梯団のだ行進は約二分間程度のものであつたことなどからすると、前記停滞車の全部が本件だ行進によるものかどうか疑問であること、当時の交通量は昼間(司法警察員作成の実況見分調書によると日時は異なるが、本件交差点における午後零時から一〇分間の南行車輛の交通量は約一〇〇台、北行車輛は約一六〇台であることを参照)に比較して少ない(この点について、証人西川薫はラツシユ時の約四割の交通量であるとも供述している)ことなどがそれぞれ認められ、本件被告人の指導した梯団の統制力、平穏性などについては判示第一と同じである。

そうだとすれば、本件集団行進は形式的には本条例五条所定の「三条一項但書の規定による条件に違反するもの」に該当するといえるが、右に検討した本件第一および第二のだ行進の規模、態様、それによる交通阻害状況などの交通秩序に及ぼした影響の軽微性、当時の総交通量など周囲の状況、当該集団の平穏性などを総合勘案すると、本件だ行進は、交通の安全と円滑を侵害するにふさわしい危険性は有していても、公共の安寧秩序を侵害するにふさわしい危険性は有していたとは認められない、換言すれば、本条例五条の構成要件に該当するとして処罰し得るに足りるだけの違法性、すなわち可罰的違法性を具備していたとは認められないというべきである。

以上の次第であるから、本条例違反の点については罪とならないことに帰し、被告人は無罪であるが、本条例違反の罪と道路交通法違反の罪は観念的競合の関係にあるとして、起訴されたものと認められるから、主文において特に無罪の言渡をしない。

(弁護人らの主張に対する判断)

第一、被告人および弁護人は『政治的意見を表明してなされる集団示威行進(以下デモ行進と称する)を規制する本条例は、その規定自体においても、その運用においても表現の自由を保障する憲法二一条に違反する無効のものである』と諸々の理由を挙げて主張するが、本件中本条例違反の点については無罪と判断したのであるから、前項すなわち本条例を無罪とした理由中の冒頭において本条例の合憲性について判断したことに加えて更に判断を下す必要はないと考える。

第二、弁護人は『政治的意見を表明してなされるデモ行進は道路交通法七七条一項所定の所轄警察署長の許可を要する道路使用に当らず、従つて右一項四号に基づく本件許可条件は無効である。すなわち右四号には政治的意見を表明してなされるデモは列挙されておらず、他方同法(昭和三五年法律第一〇五号)制定当時は岸政権に反対するためデモが日本の津々浦々に行なわれていたのであつて、同法七七条一項四号により「道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図る」目的でデモ行進も規制の対象としたものであれば当然右四号に明示されたはずであるのに、右四号には前記のとおり、デモ行進は列挙されていないところをみると、デモ行進は表現の自由の一形態で参政権的色彩を有する重要な基本的人権であることを考慮して、立法者はデモ行進は右四号に定める要許可行為とは考えていなかつたというほかない』と主張するので判断するに、右四号が要許可行為として道路における祭礼行事やロケーシヨンを例示的に列挙していることは弁護人主張のとおりであるが、そのことから直ちに右祭礼行事などと同種のもののみが要許可行為であり、これらと質的に異なる目的を持つデモ行進は要許可行為ではないということにはならない。けだし、右四号が祭礼行事とかロケーシヨンを要許可行為として列挙しているのは、要するに「一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為」の代表的通俗的なものを例示したに過ぎないと考えられるのであり、従つてこれらと同種の行為は勿論のこと、たとえ目的が質的に異なつているデモ行進といえども、一般交通に著しい影響を及ぼす場合には当然許可を要するというべきで、このように解することが道路交通法一条所定の目的に副うものと考えられるからである。また同法七七条一項四号にはデモ行進が明示していないこと所論のとおりであるが、仮に立法者の意思がその主張どおりであつたとしても、法文の解釈に際しては、それが合理的である限り必ずしも立法者の意思に拘束されるものではないから、弁護人の主張はいずれも採用できない。なおデモ行進も要許可行為であると解釈することが合理的であることは前記のとおりである。

第三、弁護人は『本条例は、法律たる道路交通法に違反し、無効である。道路交通法一一九条一項一三号、七七条三項の保護法益は「交通の安全と円滑を図る」ことにあり、他方本条例五条、三条一項但書三号のそれも「交通秩序維持」にあり、両法益は一致しており、本条例は道路交通法の成立により、その必要性は消滅し、失効したというべきであり、また道路交通法一一九条一項一三号、七七条三項は現実に許可に違反した者が処罰の対象とされ、指導者は処罰の対象とされていないにもかかわらず、本条例五条、三条一項但書三号においては、指導者が処罰の対象とされており、本条例は法律たる道路交通法に違反する無効な条例というべきである』と主張するので検討するに、前記本条例の点についての無罪理由中で述べたとおり、道路交通法は「交通の安全と円滑を図る」ことを目的としているのに対し、本条例は「公共の安寧秩序を維持する」ことを目的とし、本条例三条一項但書三号で「交通秩序維持」に関する許可条件を付し得るとしているが、これは本条例の右目的を達成するための一手段に過ぎず、決して「交通秩序維持」それ自体に目的があるのではないというべきであり、ただデモ行進が道路上で行なわれる場合には、たまたま道路交通法と本条例による規制を受けるに過ぎないと解すべきである。従つて、道路交通法と本条例はその目的を異にする以上、両者はそれぞれ独立した存在理由を持ち、道路交通法の成立により本条例が失効し、無効になつたものとは到底解し得ないところである。更に、道路交通法と本条例は目的を異にするので、その処罰の対象者を如何なる範囲に限定するかはそれぞれ右各目的を達成するに必要且つ合理的な範囲で立法者の決定に委ねられているというべきであり、本条例において特に主催者、指導者又は煽動者のみが処罰の対象とされているからといつて、本条例は道路交通法に違反したものでないこと明らかである(憲法九四条、地方自治法一四条一項参照)。

よつて弁護人の主張はいずれも採用しない。

第四、弁護人は『所轄生田警察署長が本件デモ行進に付した許可条件中、全コースについて一律に「だ行進」などを禁止した部分は道路交通法の運用において憲法二一条に違反して無効である。すなわち道路交通法七七条三項によれば、許可条件は「必要があると認めるとき」に付し得ると定められているにかかわらず、本件デモ行進のコース中には、神戸市議会前から金沢病院に至る緩行車道および金沢病院北東角付近から生田警察署に至る区間などが含まれており、前者の緩行車道は車輛禁止区域でだ行進などを許容しても何の障害も生じないし、後者の区間においては、その通過するデモ隊がほとんど常にだ行進などを行なう場所であるからある程度だ行進などを許容すべきであることからすると、本件許可条件中かかるだ行進などを禁止する必要のない区間まで一律にだ行進などを禁止した部分は、道路交通法七七条三項に違反し、結局同法の運用において憲法二一条に違反する』と主張するので判断するに、前者の緩行車道も交通量は少なく、また車輛は高速を出さないにしても、走行することは明らかであり、本件デモ隊の総員が約二、〇〇〇名であること、右緩行車道は神戸市街地の中心部に近いことなどを考えると、右緩行車道においてだ行進などを禁じた許可条件は合理的なものというべきで、まして後者の区間は市街地の中心地に当たり、まさにだ行進などを禁ずる必要のある区間というべきである。

よつて、弁護人指摘の各区間におけるだ行進などを禁止した許可条件は道路交通法七七条三項に基づいて付すべき条件として必要且つ合理的な範囲を越えたものであるとはいえず、同法の運用において憲法二一条に違反するものとは解されないところであり、この点についての弁護人の主張も採用できない。

第五、更に、弁護人は『道路交通法一一九条一項一三号、七七条三項により処罰の対象となる行為は、交通の安全と円滑に対し、直接且つ明白な危険を及ぼすような行為すなわち具体的危険犯と解すべきであり、本件デモ行進においては、いかなる見地からしても、道路に交通の渋滞などほとんど発生しておらず、またそれらが発生する具体的危険も発生しておらず、従つて被告人は無罪である』と主張するので判断するに、道路交通法も本条例と同じく抽象的危険犯と解すべきことは、前記本条例の点についての無罪理由中で述べたことと同じであるが、更に道路交通法は、交通の安全と円滑を図ることを目的とし、取締法規たる性格が濃厚であり(このことは同法の他の規定を考えればなお一層明白である)、同法一一九条一項一三号、七七条三項も今日の濃密且つ混雑した交通事情を前提とすれば画一的に適用するのでなければ、その目的を達成し難いと考えられ、所論のように具体的危険犯であると解することは相当ではなく、判示事実および前記本条例の点についての無罪理由中で検討した本件だ行進の規模、態様、右違反行為の行なわれた場所などを考えると、一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為に該当すると認めるべきであるから、弁護人の主張は採用しない。

よつて主文のとおり判決する。

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